Aug 26, 2009
会計事務所の人々
会計事務所では、どのような人がいるのだ。時々小説や漫画などで見、彼らは非常に頭が良いようだったリーは、こう考えると、全く正反対のとぼけような面白いキャラクターが売っている人もいる。でも、多分、実際の会計事務所にいる人というのは誠実で正直な人が多いようです。多分私の個人的な願望かもしれない。当社は、東京のオフィス街のレンタルオフィスを借りて営業しています。その賃貸の事務所は、親会社が保有している10階建ての2階フロア全体のリース費用がどのくらいかかっているかと言うことは全く分かりません。しかし、東京の一等地なので、その支払っているに違いありません。このビルには、他の子会社もたくさん含まれています。
県警は15日、警察官382人の第2次異動を発表した。発令は22日付(一部来月1日付け)。警視7人、警部19人、警部補89人、巡査部長109人、巡査158人。第1次(93人)、3月下旬の第3次異動と合わせると規模は例年並みとなる見通し。重要課題である高齢者の交通安全や少年非行防止、組織犯罪対策、科学捜査力の強化のため、各担当課の人員を増やした。【中村好見】
【警視】生活安全部参事官兼地域課通信指令室長事務取扱(同兼地域課長事務取扱)三原悦男▽刑事部参事官兼組織犯罪対策課長事務取扱(刑事部参事官)大山練夫▽地域課長(高松東署長)亀井英明▽捜査1課長(組織犯罪対策課長)久保公雄▽高松東署長(捜査1課長)堺道夫▽生活安全企画課管理官兼安全・安心まちづくり推進室長兼子ども・女性安全対策室長(小豆署副署長兼警務課長事務取扱)河合潤一郎▽警察学校副校長(地域課通信指令室長)馬場宏
【警部】小豆署副署長心得兼警務課長(捜査2課調査官兼次長)谷田和久▽人事課付(生活環境課調査官兼次長)真鍋強▽生活環境課調査官兼次長(総務課調査官兼課長補佐)生田徹▽捜査2課調査官兼次長(高松北署調査官兼刑事1課長)藤田久数▽高松北署調査官兼刑事1課長(捜査1課調査官兼課長補佐)上野弘幸▽生活安全企画課長補佐(坂出署地域課長)戸城芳紀▽地域課通信指令室長補佐(琴平署地域課長)竹森義晃▽捜査1課長補佐(坂出署刑事課長)山原孝浩▽組織犯罪対策課長補佐(三豊署刑事課長)氏部純三▽警察学校長補佐(交通指導課長補佐)上杉直人▽東かがわ署交通課長代理(高松南署地域2課長)田中孝司▽さぬき署地域課長代理(生活安全企画課長補佐)近藤哲也▽高松東署生活安全課長(高松北署地域1課長代理)石川津与志▽坂出署警務課長(公安課長補佐)楠直久▽同代理(坂出署警務課長)谷本一尚▽同刑事課長(地域課通信指令室長補佐)池見智幸▽丸亀署地域課長(高松東署生活安全課長)青野明夫▽三豊署刑事課長(丸亀署地域課長)海野秀一郎▽観音寺署地域課長代理(さぬき署地域課長代理)池田秀雄
2月16日朝刊
県内の11年度公立高校入試のうち、特色選抜と連携型選抜の試験が15日、全日制35校で実施された。今回から導入された特色選抜には、競技力向上スポーツ指定校の指定競技受験者159人を含む830人が挑んだ。
特色選抜では、午前に「検査1」(国語、社会、英語)、「検査2」(数学、理科、英語)の5教科の共通学力検査を実施。午後からは学校ごとに作文や面接、指定競技の実技などがあった。
また、この日は、地元の中学校から出願を受け付ける那賀、阿波西で連携型選抜も実施された。山間部の4中学校(鷲敷、相生、上那賀、木頭)が対象になる那賀では、14日からの積雪の影響を考慮し、開始時間を約1時間遅らせる措置が取られた。阿波西や他の特色選抜の実施校は、予定通り実施した。
結果は19日に通知される。特色選抜の結果を踏まえ、3月に実施される一般選抜の正式な募集定員が今月21日に発表される。【井上卓也】
2月16日朝刊
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フォトコンテストなど、写真愛好家の作品を紹介する記事を書くことがあります。アマチュアとはいえ、技術が駆使された素晴らしい写真を目にすると、仕事で使うとはいえ、まだまだ写真歴が浅い自分自身の参考にもなります。
街中で、デジタル一眼レフカメラを持ち歩く人を多く見かけるようになりました。私の母も「アップで花を撮りたい」と念願だった一眼レフを購入し、毎朝、犬の散歩の際にいろいろと撮影しています。フィルムカメラとは違い、今ではシャッターボタンを押すだけで、撮影も気軽です。
携帯電話にもカメラ機能が当たり前に付くようになった時代で、写真撮影の裾野も大きく広がっています。入社したての頃、うまく写真が撮れず、先輩から「新聞に載るのは一度きりと思え」と怒鳴られました。便利な機能に頼りがちにならず、一瞬一瞬の被写体の表情を逃すことなく撮影できるよう腕を磨きたいです。【山本健太】
2月16日朝刊
◆1982年卒、内野手 立石剛さん(48)
◇先輩が流れを作った のびのびしたプレー期待
「これは大変だ。忙しくなる」。城南のセンバツ出場の知らせにうれしさがこみ上げる一方、そんな気持ちになったと1982年卒の立石剛さん(48)=徳島市三軒屋町=は笑う。08年に発足した野球部ОB会の事務局長を務める。
中学時代に憧れだった先輩の活躍を新聞で読み、「城南で野球をしたい」と思うようになった。79年に入学し、内野手として活躍。当時、受験勉強に専念するため、2年生の秋でクラブ活動を引退するのが慣例だった。しかし、立石さんが1年だった時、現ОB会長を務める雑賀正彦さんがただ一人、3年の夏まで野球を続けた。「当時の先輩が新たな流れを作ってくれた」と感謝する。
初めてバッティングマシンが導入され、野球に打ち込む環境も整い始め、チームは次第に力を付けていった。立石さんの世代は9人が3年まで残り、最後の夏となった81年の徳島大会ではベスト4までコマを進めた。
県営蔵本球場での準決勝の記憶は、今でも鮮明だ。相手は同年春のセンバツに出場した鳴門商(現鳴門第一)。2−2で迎えた九回裏、相手の攻撃で無死一塁から意表を付くバスター・エンド・ランを仕掛けられた。
二塁手だった立石さんは、バントと思って一塁カバーに入ろうとしながら、ライト方向へ抜けていくボールを見ていた。イレギュラーもあって一塁走者の生還を許し、サヨナラ負け。「あの時、ジャンプすれば届いていたんじゃないか」。捕れない打球だったと分かっていても、今もそう思うことがある。
卒業後は大学に進学し、会社員を経て現在、不動産業を営む。高校野球ОBによる全国大会「マスターズ甲子園」に出場するОBチームでプレーし、野球部不在の時などには同校のグラウンドで練習することもある。08年の立ち上げから携わったОB会の会員は、今では70人を数える。
練習に励む選手たちの中には、長男の凌大君(1年)の姿も。「先輩が誰も立っていない舞台。それをプレッシャーに思わず、楽しんでほしい」と、のびのびとしたプレーを期待する。=つづく
2月16日朝刊
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