Nov 29, 2010
海外ホテルで忘れてはいけない
海外のホテルに泊まる時に忘れてならないことがあります。これは、チップ、心付けです。海外のホテルに泊まる場合は、まず荷物を部屋に運んでもらうときにチップ。の長い旅行の疲れもあり忘れがちだが、サービスも違ってくると信じてチップを忘れないようにしましょう。また、ルームサービスを頼むときは、このチップが必要です。海外ホテルの最も困難なのは、水が出てこないのだ。日本のホテルではあり得ないはずなので、海外のホテルから水が出ていないホテルに当たったときは、軽くパニックになる。最悪のことは、シャワーの中に水が出なくなるのだ。実際にそのような経験をしたが、冷たい水で体についた泡を落とすことが非常に苦しかった。そのような経験をすれば、日本が一番だと思う。
宮城県石巻地方の夏を彩る恒例の「川開き祭り」(実行委主催)が31日、幕を開けた。初日は東日本大震災の犠牲者を悼む灯籠流しや供養祭が行われ、大勢の市民が鎮魂を祈った。
石巻市内を流れる旧北上川では、震災の遺族が故人の名前などをしたためた灯籠約1万個を流した。オレンジ色の温かい光が水面をゆっくりと漂い、訪れた人たちの目を奪った。
川の近くで行われた供養祭には多くの遺族が参加し、黙とうをささげた。津波で夫を亡くした阿部文子さん(62)は「自分のそばに流れてきた灯籠が、まるで夫の魂のように思えて、少しだけ安らかな気持ちになれた」と話し、涙をぬぐった。
祭りは1日もあり、昼はディズニーキャラクターなどによるパレードを開催、夜は「祈り」「希望」をテーマにした花火大会を行う。
東京都目黒区が、東日本大震災で甚大な被害を受けた宮城県気仙沼市への支援活動を続けている。両自治体は、古典落語「目黒のさんま」にちなんだイベントで15年前から交流を重ね、昨年9月に友好都市協定を締結した間柄。区庁舎では「がんばろう気仙沼」の文字を背中にプリントしたポロシャツを着て仕事に励む職員も多く、復興の道のりを共に歩もうとの思いを込めている。
目黒区は震災直後の3月14日からストーブや灯油、飲料水などの物資支援を行い、これまでに計7便を搬送。5月には被災した市民の受け入れも始め、8世帯が公営住宅などに入居した。
区の職員も派遣し、現在も6〜8人が1週間単位で現地の応援に当たる。気仙沼入りした職員数は8月末までに延べ1058人に達する見通しで、9月以降も継続する方針という。
6月には気仙沼市が製作した「がんばろう気仙沼」のポロシャツ購入を区職員に呼び掛け、計540着の申し込みがあった。窓口業務などに当たる職員が着用し、区民に復興への支援を呼び掛けている。
6月に現地入りし、ポロシャツの購入を発案した佐々木孝総務課長は「気仙沼と同じ気持ちを背負うつもりで、復興を応援していきたい」と話す。
両自治体の交流は1996年秋、気仙沼市民が地元産のサンマを目黒区に持ち込み、炭火焼きで振る舞ったのが始まりだった。16年目を迎える「目黒のさんま祭」は震災で一時開催が危ぶまれたが、9月18日に復興支援をテーマに据えて開かれる。
区民から寄せられた気仙沼市への義援金も約8700万円(7月10日現在)に上る。平岡司危機管理室長は「『サンマの気仙沼』は区民に広く浸透している。息の長い支援をすることが私たちの責務だ」と話している。
東日本大震災で店舗を失うなどして、テント型の共同店舗「たろちゃんテント」を運営している岩手県宮古市田老の商店主らが、「たろちゃん協同組合」を設立した。備品の購入やイベントを共同で行い、事業の拡大やサービスの向上を目指す。
組合には25店の経営者が参加し、宮古商工会議所内に事務局を設置した。宮古市田老総合事務所で7月30日開かれた創立総会では、車両やコピー機を共同導入したり、年末大売り出しなどのイベントを共同開催したりする本年度事業計画を決めた。
テント型店舗は5月、敷地内に約400世帯の仮設住宅がある「グリーンピア三陸みやこ」に開設され、食料品や日用品などを販売している。9月初めには、中小企業基盤整備機構による仮設店舗がオープンする予定。
組合の理事長に就任した酒類・食品販売の箱石英夫さん(58)は「商売は厳しい状況にあるが、組合員の知恵と自助努力で乗り越えていきたい」と話した。
「脱原発」をテーマにした原水爆禁止世界大会が31日、福島市のホテルで開かれた。大会は例年、広島、長崎両市で原爆の日に合わせて開かれてきたが、福島第1原発事故を受け、福島市で初めて開催された。
原水爆禁止日本国民会議(原水禁)などの主催。国内外から約850人が参加し、「豊かな自然と健やかな命を守るためにフクシマから声を上げよう」とするアピールを採択した。
原水禁の川野浩一議長は「この66年間の活動で核兵器は廃絶への道を歩んできたが、福島で原発事故を招いてしまった。しかし、この事故を最後にしよう。『ノーモア・フクシマ』と叫ぼう」と呼び掛けた。
長崎県平和運動センター被ばく者連絡協議会の奥村英二事務局長、ビキニ水爆実験で被ばくした「第五福竜丸」の元乗組員大石又七さん(77)、旧ソ連・チェルノブイリ原発事故で被災したアントン・ブドビチェンコさん(34)が、それぞれの体験を発表。「再びヒバクシャをつくるな」とメッセージを発信した。
大会に先立ち、福島県平和フォーラムは「原発のない福島を求める県民集会」を市中心部で開いた。子どもを県外に避難させている郡山市の女性会社員(49)らが、事故の早期収束などを訴えた。
約1700人の参加者は「福島に原発はいらない」「すべての被害を補償しろ」とシュプレヒコールを上げながら、街頭をデモ行進した。伊達市の幼稚園教諭伊藤美恵子さん(53)は「子どもを守りたいという一心で、デモに初めて参加した。福島で大会が始まった意義は大きい」と語った。
大会は8月6日の広島、9日の長崎の原爆の日に合わせて両市に移り、11日には沖縄で集会が開かれる。
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